東福寺|東京都中野区沼袋2丁目

令和2年2月21日に参拝。坂道を下ると右手に金の峯幼稚園が見えます。境内にはこの前を通り過ぎて角を右に回ると山門があります。

東福寺 東福寺 東福寺

東福寺

所在地など

所在地 〒165-0022 東京都中野区江古田3-9-15
山号・院号・寺号 金峰山 世尊院 東福寺
宗派・本尊 真言宗豊山派、不動明王
創建・開基・開山 弘安3年(1280)、開基:源教上人
その他 金の峯幼稚園併設、御府内八十八ヶ所2番豊島八十八ヶ所2番

由緒

東福寺は天正年間(1573〜1593)江古田村民が開基となって、村内御嶽山に創建したとも伝えられ、弘法大師の作と伝えられる一本彫の立身不動明王を本尊として安置したことに始まるといいます。後年、現在地へ移転したといいます。江戸時代に三代将軍家光が鷹狩りに際して休息したり、八代将軍吉宗が御膳所に指定したりしています。また当寺の大師堂は、東大久保(現・新宿区余丁町)の抜弁天(厳島神社)の別当・二尊院にあったものですが、明治の神仏分離で廃寺となったため、東福寺に御府内八十八ヶ所豊島八十八ヶ所の札所も移されています。

本堂

東福寺

本堂

本堂周辺

扁額と庫裡
東福寺 東福寺
扁額 庫裡
修業大師とお寺の宗旨案内
東福寺 東福寺
修業大師像 このお寺の宗旨

境内

東福寺

本堂への階段

本堂への階段を前に、境内には余裕のある空間に右手に金の峯幼稚園を、左に大蔵院不動尊興教大師像、更に目を引くのは「徳川御膳所」の石碑大師堂などです。

大蔵院不動尊・鐘楼・興教大師

東福寺 東福寺
大蔵院不動尊と鐘楼 興教大師像

徳川将軍御膳所と大師堂

東福寺 東福寺
徳川将軍御膳所石碑 大師堂
徳川将軍御膳所跡

江戸時代、徳川3代将軍家光が鷹狩りの際に休息の場所として、また8代将軍吉宗は御膳所に指定していました。以下の説明書きは山門を出る右手にあります。

東福寺

 徳川将軍御膳所跡(ごぜんしょあと)

 当寺は、享保13年(1728)春、8代将軍吉宗が鷹狩りのおり、御膳所となり休息と食事をしたところです。以前は、旧本堂の西側奥に、寺社奉行の命で改修した「御成りの間」がありましたが、建物が古くなったため、昭和42年改築のときとりこわされ、その跡に記念碑が立てられました。
 鷹狩り は、飼いならした鷹を放って獲物を捕える狩猟法で、おもて向きは、将軍の遊びでしたが、幕府による江戸近郊の農業・治安の維持の役割をはたしていました。吉宗は、五代将軍綱吉のとき廃止されたこの制度を復活し、中野など江戸近郊六か所の鷹場を指定しました。
 指定された村むらの農民たちは、鷹場役人に監督され、日常、野鳥の見張りや鷹場の維持に使役されるほか、農作業や家の修理にいたるまであらゆる制約を受けていました。
 将軍来遊のときの古い記録によれば、食事の準備から道路や橋の整備など、地元の人たちが大きな負担を強いられていたことがうかがえます。
 昭和57年2月         

中野区教育委員会

庫裡と梅

東福寺

庫裡と梅

金の峯幼稚園とお迎えの自転車

山門をくぐると広い境内の右手に金の峯幼稚園があり、そろそろお母さん方が自転車などで子どものお迎えにやってくる時間でした。天気は快晴、子どもは梅の花などよりも階段などを上ったり下りたり、動き回りたい盛りで元気いっぱいでした。

東福寺 東福寺 東福寺

本堂前の梅と御朱印

本堂右手にある庫裡で本尊の御朱印を頂きました。右上「奉拝」の文字の上には「御府内八十八ヶ所第二番札所」の判が押印されています。

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本堂前から庫裡前の梅を望む 御朱印

近くの寺社

山門を右に出ると歩いて1〜2分で江古田氷川神社があります。さらに西武新宿線「沼袋駅」北側に百観音明治寺密蔵院禅定院実相院があります。